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2009年10月 5日 (月)

死して屍拾う者無し

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図鑑や画集、実用本はながめていたが、もう十年以上、まともに“本”を読んでいない。
いや読む気がしなかった。
なんだか変なところに力が入ってヘトヘトだった。
ある人に「あなたは新幹線に乗っても、風景を見ずに本を読んでいそうだね」と言われたことも、真意をとらえられず影響していたのかもしれない。

が、それら人生の勘違いを自己流認知療法で修正しつつ、
近頃ようやく力が抜けて楽になってきたのか、
むくむくと読みたい気持ちが生まれてきた。

いい味わいの包装紙を、取っ替え引っ替えしながらカバーにする。
お気に入りは、神田志乃田寿司(からし色)。
名を失念したが、ある老舗和菓子屋のものは裏面に点線が入っていて、封筒が作れるようになっている。
が、わたしはブックカバーにしてやる!

そんなカバーにくるまれているのは『日本の名随筆』。
ある漢字一文字をテーマにして、数十編の随筆を集めた秀逸なシリーズだ。なんと全100巻。
別巻の二文字シリーズを合わせたら全200巻。
十年ほど前に読んでいるはずなのに、まるで新たに読んだかのようなものもあれば、何度も何度も繰り返し読んだのに、未だに褪せないものがある。
このシリーズは、どれを選ぶかによってその人がチラリと見えてしまう。
わたくしが手に入れているのは
『父』『母』『命』『産』『女』『狂』『虫』『顔』『葬』。

『性』がまだなのが意外(笑)。まあ後にとっておこう。
次は『死』を検討中。

死といえば。
いままでかなり身近に迫った(と感じた)時が3回ある。
はじめは小学高学年のとき。
あめ玉食い競争で粉も吸い込んでしまい、息ができなくなった(と思った)とき。
迫りくる死を、みなに伝えようと必死にもがくが、それが面白かったようで笑われる。
すぐに鼻から息ができることに気づき、安堵する。

次は高校生のとき。
田舎なもので、遮断機のない踏切がある。
普段警報が鳴っていても、様子を見つつ渡っていたのだが、
自転車通学で、たまたま友人と帰りが一緒になった。その日はあいにくの雨。
駅で電車がいつまでも停まっているから、いいか、行っちゃえとなって、友人が踏み出した直後、友人が見えなくなり、反対方向からきた電車がもの凄い勢いで駆け抜けていった。一瞬にして血の気が引き、身体がしびれてくる。まさか、明日は新聞一面?!
電車が通り過ぎ、その先に友人の後ろ姿を見いだしても、にわかに信じられないほどだった。
タイミングが少しずれていたら、友人か、私か、どちらかが轢かれていたかもしれない。
その後すぐ、その踏切に遮断機がついた。私たちのせいか。
           
今になるとアホらしいが、とある事件本を読んで、自分も犯罪グループに殺されるという妄想で死にそうになる。
内容があまりに現実的だったもので……。
死が近づくと世界の色が変わってみえるものだ。
なかなかの体験だったと思われる。

現代はそうそう簡単に死が済まない。
力尽き、そこで地に還る。なんと贅沢なことか。
ちょっと前、ノラ猫が車に轢かれて死んでいた。
轢かれて死んだちょうどそこがゴミ捨て場で、
なんとも皮肉なものだった。

Shi2

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